あの夏、あの一杯~コーヒーを通して生まれたありがとう~

前置き

コーヒーステーションと読者様と共に、創り上げる参加型企画!

今回は漫才師の二階堂 凌さんによる「コーヒーを通して生まれたありがとう」なエッセイをご紹介します!

この3連休はお昼のコーヒーブレイクと共にコミカルで心温まるお話をどうぞ~☕

読者による「コーヒーを通して生まれたありがとう」なエピソードの結果発表:https://coffee-station.jp/archives/23226

本編

 コーヒーはアイスと決めている。


 思い返せば大学生の時分、キャンパスにいた時間よりも喫茶店で過ごした時間のほうが長かったのではないか。何百杯、何千杯飲んでも未だに味はよく分からないが、あの頃飲んでいたコーヒーは今飲んでいるものよりも苦かった気がする。齢を重ねたことによる味覚の変化や豆の違いではなく、学費を出してくれていた親への申し訳なさによるものだと思う。一番コーヒーが苦かったのは大学を休学していた期間だった。

大学四年生の夏、猛烈に入れ込んでいた女の子に「他にいるねんな、付き合ってる人」と告げられた。突然の通達に「いや、それよりもさぁ…倒置法でフるのって失礼じゃない?」と明らかに間違った返答をしてしまうほど狼狽し、そのまま大学の門が開くまで一人で飲み明かした挙げ句、その勢いのまま学生課窓口に休学届を叩きつけた。もちろん、休学理由の欄には「失恋のため」と書いた。こうして私は、対応してくれた職員の憐れむような視線と一年間の自由時間を得たのであった。


とはいえ人間、何をしてもいい状況に置かれたところで、やりたいことが簡単に見つかるものではない。そもそも失恋のショックで何かをやりたいという気も起こらない。起床してすぐお風呂に入り「俺はなんて惨めなやつなんだ」とかグルグル考えていたら夕方になっていた、なんてこともしょっちゅうであった。このままじゃイカンと発起して街に繰り出しても、「このあたり、二人でよく来たなぁ…」なんて感傷に浸ってしまい、気分転換もままならない。そんなある日、喫茶店に置かれた雑誌の表紙に目が留まった。それはエメラルドブルーの海を二分するように伸びる橋の写真で、「ここに行けば何か変わるかも」という思いを呼び起こすものだった。山口県にある角島大橋というらしい。


 

「日本は小さな島国」なんてのは自分の力で旅したことがない人の意見だ。大阪から角島大橋に向けて愛車(ママチャリ)のペダルを漕ぎだした私は、まず兵庫の広大さに圧倒された。やっとの思いで越えたかと思えば、これまた同じくらい広い岡山が待ち構えていた。兵庫も岡山もデカいんだから、日本はデカいに決まっているのである。そして、山が多い。

 岡山から広島を目指す途中、山に阻まれて立ち往生していると、老婦人が声を掛けてきた。広島への道がわからないと伝えると、少し休んでいきなさいと自宅に招いてくれた。普段であれば会ったばかりの人に着いていくことはないが、この老婦人には他者に安心感を与える独特の雰囲気があった。

 老婦人は私を縁側に面した部屋のテーブルに案内し、アイスコーヒーを出してくれた。彼女は私の向かいに座り、なぜ自転車で旅しているのかを尋ねた。


 私はすべてを正直に話した。多分、誰かに聞いてもらいたかったのだと思う。すごく好きな女の子がいたこと。その子にフラれて休学したこと。それ以降、何もやる気が起きないこと——彼女はその間ずっと私の目を見て、頷きながら聞いていた。そして、私が話し終えたとき、「あなたは優しい人やから、これからの人生絶対に大丈夫。大丈夫やからね」と言った。


失恋して休学する男は優しい人なのか、因果関係は分からない。しかし、当時の私には、手放しで自身を肯定してくれる存在が必要だったのだろう。気づくと、私は涙を流していた。 泣き顔を隠すように飲んだアイスコーヒーは、すっかり氷が溶けて薄くなっていた。だけど、そのぶん、すっと染み込むような味がした。

それから数日して、私は旅の終着点である角島大橋にたどり着いた。喫茶店で見た写真以上の絶景だったが、特に何かが変わることはなかった。老婦人の無償のやさしさとアイスコーヒーによって、既に心は救われていたからだ。


以来、コーヒーはアイスと決めている。氷が溶け、ぬるくなっている一杯もたまにはいい。


2作目は明日24日(土)11時に公開!


■二階堂 凌氏について

漫才師、クイズプレーヤー、オカルト研究家


1991年、大阪府生まれ。同志社大学商学部卒業。漫才コンビ、ガムロマチエのツッコミ担当。クイズプレーヤーとしては2019年に朝日放送『パネルクイズ アタック25』で優勝。未確認生物とUFOをこよなく愛し、近年は怪談収集にも力を入れている。


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