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「蜘蛛と珈琲」~コーヒーを通して生まれたありがとう~

前置き

コーヒーステーションと読者様と共に、創り上げる参加型企画!

今回のエッセイは漫才師の二階堂 凌さんによる「コーヒーを通して生まれたありがとう」がテーマです。本日で最終回となります!この3連休はお昼のコーヒーブレイクと共にコミカルで心温まるお話をどうぞ~☕

読者による「コーヒーを通して生まれたありがとう」なエピソードの結果発表:https://coffee-station.jp/archives/2

本編

 小さな頃から、スパイダーマンに憧れている。三十歳を過ぎても、何か選択を迫られた時には「彼ならどうするだろう?」と自問する。スパイダーマンは私の人生の指針にして目標でもある。


 私が通っていたゼミのA先生は、白髪で眼鏡を掛け、少しずんぐりとした体型ではあったが、スパイダーマンという愛称で知られていた。成績が芳しくない学生たちを自身のゼミに集め、留年を防ぐためにあらゆる手を尽くすという指導方針が、NY市民を救うスーパーヒーローに重なるということらしい。その蜘蛛の糸に縋ろうとする学生は後を絶たず、A先生のゼミは学部きっての人気ゼミとなっていた。私はヒーローの力を借りずとも余裕綽々で卒業できる超成績優秀者であったが、そのニックネームきっかけで興味を持ち、このゼミに入ったのだった。

 A先生はコーヒー愛好家であった。通常、ゼミはキャンパス内の教室が会場となるのだが、Aゼミは大学近くの喫茶店で開催される。毎週木曜日の昼下がり、先生奢りのコーヒーを楽しみながら皆でゆるくおしゃべりするのが主な活動内容だ。

 アカデミックなテーマについて話が及ぶことはなく、「不倫は本当に悪なのか?」だとか「肉うどんって他のうどんより熱く感じる気がしないか?」などなど、どうでもいい話題ばかり。これがゼミだというなら有閑マダムたちのお茶会も立派なゼミである。議論が一段落した頃、会計を済ませた先生が「お前ら全員、補講が必要や」とニヤリと笑い、そのまま先生の研究室で再びコーヒーを飲むのがお決まりの流れであった。


 研究室は、先生が不在であっても玄関マット下に隠された鍵を使って入室していいことになっており、ゼミ生たちのたまり場となっていた。部屋の奥にはミルが設置されていて、いつも挽いた豆の残り香が充満していた。本棚には、難しそうな学術書と文学作品が無秩序に並べられており、碩学と言うべき先生の脳内を覗き見ているような気がした。

 私は暇さえあれば研究室に入り浸るようになり、マグカップ片手に多くの議論を先生と交わした。当時の私は自身の知識量に誇りを持つ生意気な学生であったが、どんなテーマであっても先生に敵うことはなく、次第に尊敬の念を抱くようになったのを覚えている。

 先生は私の人生で唯一、師と仰ぐ人物となった。

 卒業式のあと、先生から送られたメールを紹介したい。

 「おめでとう。だけど、本当の学びはここから始まります。学んで、学んで世界を啓くことなしに自分の世界を作り出すことも、世界を作り直すこともできません。通勤や出張の電車ではいつもポケットに文庫か新書を。真理は紙の上と喫茶店でしか学べないということを忘れずに」

 私はこのメールのスクリーンショットをプリントしたTシャツを五枚ほど作成している。


 

 先日、先生の定年退職パーティーに出席してきた。いつか恩返しせねば、と常々思ってはいたものの、卒業以来会いに行かなかった恩知らずな私にとって、渡りに船の機会であった。

 当時よりも少し痩せた先生に、コーヒー豆をプレゼントした。「そろそろ補講が必要かもしれません」とメッセージを添えて。


■二階堂 凌氏について

漫才師、クイズプレーヤー、オカルト研究家


1991年、大阪府生まれ。同志社大学商学部卒業。漫才コンビ、ガムロマチエのツッコミ担当。クイズプレーヤーとしては2019年に朝日放送『パネルクイズ アタック25』で優勝。未確認生物とUFOをこよなく愛し、近年は怪談収集にも力を入れている。


コーヒー豆セット
フィルターインコーヒーボトル