夜を渡る~コーヒーを通して生まれたありがとう~

前置き

コーヒーステーションと読者様と共に、創り上げる参加型企画!

今回のエッセイは漫才師の二階堂 凌さんによる「コーヒーを通して生まれたありがとう」がテーマです。本日は2作目をご紹介します!この3連休はお昼のコーヒーブレイクと共にコミカルで心温まるお話をどうぞ~☕

読者による「コーヒーを通して生まれたありがとう」なエピソードの結果発表:https://coffee-station.jp/archives/23226

本編

 素晴らしいものは、誰とも分け合いたくない。

 例えば、散歩中に路地裏で喫茶店を見つけたとしよう。店内の雰囲気もよく、コーヒーも美味しいが、なぜか客入りは悪い。こうした時、あなたは友人にその店の存在を教えるだろうか?


 私は誰にも教えない。存在が広く知られ、多くの客が押し寄せることになったなら、その店が持つ隠れ家的価値が失われると考えるからだ。皆が持っていたなら、ダイアモンドもただの石。モノの価値とは、所有する人やそのものを知る人の数によって定まるのだと考えている。

 この価値観について、友人と議論を交わしたことがある。相手は中学から大学まで同じ学校に通い続けた同級生で、私と同じく卒業が一年遅れていた。私は失恋による休学、彼女は海外留学と経緯は異なっていたが、希少価値の観点で言えば私のほうが上等な理由だろう。


 就職とそれに伴う引越しを控えた二月頃。場所は京都の先斗町にあるジャズ・バーだった。その店のウリであるバンドによる生演奏のボリュームが甚だ大きく、話し込むには大変不向きな場所である。名前がカッコいいというだけで注文したカクテルは病院の待合室を煮詰めたような味がして、ちっとも美味しいと思わなかった。二十歳そこそこの学生が背伸びして入るにはまだ早い店だった。

「私は誰かとシェアしたいけどな。美味しいもの食べたときには誰かに一口あげたくなるし、綺麗な景色も誰かと一緒に見たほうが嬉しいもん」

「いやいや、独占したくなるのが人の性やって。それこそ、一緒に景色を見たくなるような人は他の人に取られたくないやろ?」

 議論は白熱し、次第に生演奏のボリュームも気にならなくなっていた。互いの主張を崩すために例え話を即興でぶつけ合う私たちの様子は、まさにジャズそのものであったに違いない。


 

 勝者無き不毛なセッションが一段落した頃、既に終電は無くなっていた。別の店で始発まで飲み直すかと考えていたとき、「なぁ、大阪まで歩いて帰ってみぃひん?」と友人が言った。

 ゴールはそれぞれの家の中間地点である京阪電車・枚方市駅となった。京阪電車は、京都と大阪を一直線に繋ぐ鴨川~淀川の流れに沿うようにして線路を伸ばしている。「線路に沿って歩いてれば着くやろ」ということで、敢えて地図を見ないことをルールとした。


 外はまだ冷たい空気に充ちていたものの、微かに春の気配が漂い、生まれ育った関西を発つ日が迫っていることを知らせてくる。歩みを進めるにつれ、話題は昔話ばかりになった。中学時代の恥ずかしいファッション、文化祭映画での大根役者っぷり、今ではすっかり疎遠な人間と「うちらズッ友」とか言っていたこと――からかい甲斐のあるエピソードだけでも夜を明かせそうで、そのとき初めて、友人がいない土地に暮らすことに怖さを感じた。


 地図を見ないというルールによって、私たちは多くの遠回りを強いられた。線路に沿ってまっすぐ歩いていけるのは、死体を探しに行く少年たちくらいなのかもしれない。


 歩く、話す、を繰り返すうち、次第に体がほわほわしてきた。強烈な眠気が襲ってきたのである。「ほわほわ」の語源は「歩話歩話」に違いない!なんて馬鹿なことを考えるほどに脳も体も疲労していた。


 「見てみ」という言葉で目を覚ました。さっきまで住宅街にいたはずなのに、気がつくと橋の上に立っていた。友人が眠気と戦う私を見兼ねて、手を引いて歩いてくれたのだった。

 促されるまま欄干側に視線を向けると、目の前の光景に心を奪われた。

 それは、朝靄に包まれる街並みだった。浅い夜明けの中、遠くで昇り始めた太陽が一帯をコーラルピンクに染めていた。目に映るものすべての輪郭が曖昧で、ぼんやりと滲んでおり、とてつもなく大きな水彩画を見ているようであった。

 私たちはしばらくその光景を見つめていた。友人は私が眠っていたときに買ったという缶コーヒーを鞄から差し出し、こう言った。


「な、綺麗な景色は誰かと見るほうがいいやろ?」


 このとき、「確かに。誰かと見るのも悪くないな」というセリフが喉元まで出かかっていたことは否めない。しかし、私はコーヒーとともにその言葉を飲み込んだ。同意してしまえば、このじゃれ合いのような議論に勝敗がついて終わってしまう気がした。

 私は友人への返答として最もふさわしい一言を探すために、何度も缶を口に運んだ。苦味のおかげかカフェインのおかげか、一口飲むたびに意識がはっきりとして、返すべき言葉の選択肢が絞られていくような気がした。

そして、私は一言、「うっさいな」と返した。多くを語ることも出来たが、それもなんだか野暮なことのように思えた。


 たまに外で缶コーヒーを飲むときは、橋の上で見たあの景色を思い出す。今でも「素晴らしいものは、誰とも分け合いたくない」と考えているけれど、大切にしているこのエピソードをエッセイに書いてしまうくらいには頭が柔らかくなったのかもしれない。コーヒーは人を少しだけ大人にする飲み物なんだと思う。


2作目は明日25日(日)11時に公開!


■二階堂 凌氏について

漫才師、クイズプレーヤー、オカルト研究家


1991年、大阪府生まれ。同志社大学商学部卒業。漫才コンビ、ガムロマチエのツッコミ担当。クイズプレーヤーとしては2019年に朝日放送『パネルクイズ アタック25』で優勝。未確認生物とUFOをこよなく愛し、近年は怪談収集にも力を入れている。


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