もっと好きになった理由

前置き

コーヒーステーションと読者様と共に、創り上げる参加型企画!

お盆休暇にぴったりな小説を紹介しています。今回のテーマは“コーヒーをもっと好きになった理由”

昨日に引き続き、小説家「未上夕二」氏による素敵なエッセイをコーヒーのお供にどうぞ~☕

■“コーヒーを好きになった理由”はこちら:https://coffee-station.jp/archives/26348

本編

自分の融通の利かなさに閉口してしまうことがある。

いちど身についてしまった生活習慣や食習慣などを変えることは難しく、今日もいつものように朝、八時四十四分に家を出て仕事に向かい、夜は鼻うがいをしてから床に就く。月が替わるとスマートホンに入れているアプリから、その日いちにちどこに行ったのかを地図に青い軌跡で示したレポートが届くようになっているのだけど、判で押したように平日は同じ線を描いている。下手をすると休日も自宅についたドットが一ミリも動いていないこともあるくらいだ。

食にしてもそれは同じで、うどんやそうめんには生姜を、蕎麦にはワサビを合わせる。中華料理店のメニューには水餃子や揚げ餃子なども並んでいるのだけど、いつも焼き餃子を頼んでしまう。喫茶店やカフェに行けば、当然のようにブレンドコーヒーを頼む。


他にもいろんな料理、違う味があるのだろうということはわかっているのだけど、試すことなく口から出てくるのはいつもとおなじ料理の名前だ。職場に行く途中に軒を連ねている飲食店では、週ごと、月ごと、そして季節ごとに新メニューを展開しているが、店に入ればいつもと同じものを注文してしまう。日替わりランチがせいぜいの冒険だ。

首尾一貫、初志貫徹といえば聞こえがいいのかもしれないけれど、頑固一徹、視野狭窄と呼ぶこともできる。狭量や偏屈と言い換えてもいいのかもしれない。

実のところ、蕎麦にはワサビ、喫茶店ではコーヒーなのだと固い意志で決めたわけではない。なんとなく、なのだ。それなのになぜだろう、習慣を変えるのはとてつもなく確固たる意志が必要になるのだ。正直、新しいことに飛びつくことのできる人がうらやましい。桃のフラペチーノやブルーベリーヨーグルトのパフェなど期間限定商品を試してみたい。


なぜこうも人は新しさを追求するのだろうか。このままでは近い将来、想像のつかない味が出てきてしまう。いや、いまだって想像のつかないおいしい味は日本に、世界に溢れていることだろう。

融通の利かなさというのは世界を狭めているのだと、つくづく実感させられた経験がある。

お茶なら和菓子、コーヒーや紅茶には洋菓子を合わせるものだという固定観念にとらわれているので、ある休日の午後、食卓に登場した水ようかんを前に困惑してしまった。なかなか買えない和菓子屋の水ようかんだからと連れ合いは誇らしそうに言うが、その隣にあるのは白い湯気をたてるホットコーヒーだったのだ。

水ようかんもコーヒーも好きだ。けれどもその二つを一緒に食べて口のなかがいったいどうなってしまうのかまったく想像がつかない。両方ともおいしいのはわかっているのだけど、どうしても気おくれしてしまうのだ。

お匙ですくったふるふると揺れる水ようかんを口に入れる。間違いのないおいしい甘さが口に広がる。次にコーヒーを飲む。


コーヒーのほのかな苦みが口のなかに残る水ようかんの甘さを引き立てた。スイカに塩が合うように、イチジクに生ハムが合うように、苦味と甘味は合うものなのだ。ためらいはもはやなく、あっという間にコーヒーと水ようかんはなくなった。なぜこれまでコーヒーと餡子の組み合わせを試してみなかったのだろうと自分の融通の利かなさに歯がみをする想いだった。

甘みだけはなくコーヒーは柿の種などの塩気にも合うし、なにか──例えば、ちょっと残念に感じたレストランの食事の後でも、コーヒーがおいしければ満足できてしまう。これがコーヒーの底力を再認識したと共に、改めて好きになったいきさつであると同時に、自分の狭量を払拭しようと思うようになったきっかけでもある。

だが──

お気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、ここまで挙げてきた自分の狭量な事例は現在進行形の出来事なのだ。冒頭でも述べたように、いちど身についた生活習慣や食習慣を変えるのは難しく、コーヒーの底力を知った今もなお、日常に変化はなく同じ店で同じ物を食べ、家と職場を往復するだけの日々を送っている。

変わったことといえばコーヒーのお供に水ようかんはもちろんのこと、練り切りにまんじゅうなどの和菓子を合わせるようになったことや、お茶を飲む時にケーキなどの洋菓子を合わせるなど、これまでと違った楽しみ方をするようになった。

コーヒーを通じて新しい扉を開けることができたのだ、別の扉の蝶番が錆びて動かなくなる前に新たな経験をしなければもったいないと、このエッセイをしたためながら改めて思う。


まずはなにをしようか。カフェで桃のフラペチーノを頼んでみるかとも思うが、ちょっとハードルが高いような気もする。

自宅から駅までの道の途中に年期のはいった小さな喫茶店がある。なんどもその前を通っているのだけど、新参者が入ってもいいのかどうかと気おくれしている。

まずはその喫茶店に入ってみようと思う。前を通るといつも、おいしそうなコーヒーの香りが漂っているのだから。


■未上夕二(みかみ・ゆうじ)氏について

小説家、鍼灸師


1973年、大阪府生まれ。駒澤大学文学部英米文学科卒業。2014年に『心中おサトリ申し上げます』で第5回野性時代フロンティア文学賞受賞し、デビュー。会社員を経て、鍼灸師となり、鍼灸治療院を経営。著書に『お役に立ちます! 二級建築士 楠さくらのハッピーリフォーム』『鍼灸日和』がある。


明日8/15お昼12時に漫才師「二階堂 凌」氏によるエッセイを公開!

【前回】未上夕二氏によるコーヒーを通して生まれたありがとうエッセイはこちら

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