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「ただ、なんとなく」~コーヒーを好きになった理由~

前置き

コーヒーステーションと読者様と共に、創り上げる参加型企画!

お盆休暇にぴったりな小説を紹介しています。今回のテーマは“コーヒーを好きになった理由”です。

漫才師「二階堂 凌」氏によるユーモアなエッセイをコーヒー片手にどうぞ~☕

本編

生来、私は正直な男である。だからこそ「『コーヒーを好きになった理由』というテーマでお願いします」とエッセイ執筆のご依頼をいただいたとき、「厳しいテーマですねぇ」と呟いてしまった。好きなものを好きになった理由を説明することは、嫌いなものを嫌いな理由を説明するのに比べて遥かに難しい。


尻尾があるコーギー、UFO、後味の悪い映画、夏の終わり、アメリカのSF小説、ラウンドカラーのシャツ、鴨川沿いの遊歩道、そしてコーヒー……私の「好きなもの」を思いつくまま書き出してみたが、このリストには終わりが見えない。時間が許す限り列挙し続ければ、それこそ鴨川くらいの長さのリストになるのではないか。

しかし、これら「好きなもの」を好きになったキッカケを問われると、私はやはり答えに窮してしまう。ピーター・パーカーが特殊な蜘蛛に咬まれてスパイダーマンになったというような因果関係がはっきりとしたオリジンストーリーがあるわけではなく、ある朝グレゴール・ザムザが目を覚ますと巨大な虫になっていたという方が感覚としては近い。 要するに、「気がついたときには好きになっていた」のである。


なんてウンウン唸りながらこのエッセイの書き出しを捻り出していると、アイスコーヒーがなみなみと注がれたマグカップがテーブル上に置かれていることに気がついた。ただ、食器棚からマグカップを取り出したことも、そこにアイスコーヒーを注ぎ入れたこともまるで記憶にない。となれば、思うように筆が進まぬ私を気遣う誰かが用意してくれたのだろうか?いや、この家に住むのは私と尻尾があるコーギーだけであり、彼の愛らしい前足はアイスコーヒーを提供するには短すぎる。すなわち、このマグカップは私自身が無意識に用意していたということになる。コーヒーは「気がついたときには好きになっていた」ものであり、「気がついたときには飲んじゃってる」ものでもあるのだ。コーヒーを飲むという行為そのものが、日々の暮らしに溶けきっているからに違いない。


では、なにゆえコーヒーがこれほどまでに生活に根ざしているのか。考えてみると、私の性格や趣味、職業的性質に寄り添ったものだからではないかとの仮説に行き着いた。それぞれの角度から考察してみよう。

まず、私はとんでもなくおしゃべりな男である。なので、友人と遊ぶときも居酒屋ではなく喫茶店を好む。喫茶店は朝から営業しているので閉店までの時間を気にせず話せるし、なにより話し相手がアルコールでダウンすることがない。むしろカフェインによって眠気がなくなってくるというメリットさえある。私が生まれ育った香里園という町には、年齢不詳の女性店主がたった一人で切り盛りする24時間営業の喫茶店があり、そこでよく友人と夜を徹して議論を交わしあった。余談ではあるが、その店のコーヒーは究極のワンオペ人員ともいえる店主の強烈な体力とは裏腹に非常に薄味であった。あのアメリカンコーヒーを二倍希釈したような味が、長時間居座る客が何杯でも飲めるように考えられたものであるなら、和泉の国の時代から脈々と受け継がれし千利休のおもてなしの精神が未だに大阪の地に息づいている証なのかもしれぬ。ともかく、おしゃべりな人間にとって喫茶店はうってつけの場所であり、コーヒーは会話の燃料なのである。


次に、私の趣味は読書である。映画にポップコーンが必要なように、読書にはコーヒーが必要なのだ。かつて、いろんな飲み物を読書のお供に試した時期があった。村上春樹に感化されてウイスキーをちびちびやりながら読んでみたところ、何度も同じ行をループしてしまうので話が一向に展開しない。やはりお酒はダメかということで、ハーブティーを試してみたところ、これまたリラックス効果で眠気が襲ってくる。数多の試行錯誤の結果、読書のお供にはコーヒーが最適なのだと私は確信している。


また、コーヒーは創作活動のパートナーでもある。漫才師としてのネタ作りの傍ら、エッセイやオカルト研究家としての寄稿文などの文筆業でも日銭を稼ぐ私にとって、コーヒーは産みの苦しみをともに乗り越えてくれる相棒なのだ。創作活動といえば、フランスの文豪・バルザックは一日にコーヒーを50杯飲んでいたという逸話を聞いたことがある。正直、絶え間ない尿意で執筆どころではないのではないかと思わざるをえないのだが、彼の創作活動にとってコーヒーが必須であったことは間違いないだろう。半世紀ほどの生涯であったにもかかわらず、80をも超える作品を後世に残したのだから。


このように「コーヒーを好きになった理由」……というか、私とコーヒーの親和性について考察を重ねてきたものの、やっぱりどうにもしっくり来ない。まず「好き」という感情が先にあって、理由を後付けしているからではないかと思う。「理論武装」という言葉があって「感情武装」という言葉がないのは、人間の行動原理の核は理屈でなく感情だからなのかもしれない。

おそらく、これからもずっと、コーヒーは私の「好きなものリスト」の一角にその名を刻み続けるだろう。特別な存在との出会いは、必ずしもドラマチックである必要はないのだ。たまたま席替えで隣になったクラスメイトが、一生の友になるように。


■二階堂 凌氏について

漫才師、クイズプレーヤー、オカルト研究家


1991年、大阪府生まれ。同志社大学商学部卒業。漫才コンビ、ガムロマチエのツッコミ担当。クイズプレーヤーとしては2019年に朝日放送『パネルクイズ アタック25』で優勝。未確認生物とUFOをこよなく愛し、近年は怪談収集にも力を入れている。


【前回】二階堂 凌氏によるコーヒーを通して生まれたありがとうエッセイはこちら

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