
「好きって、なんだろう?」
そんな問いから始まった、ある日の教室。
2025年6月10日、今回訪れたのは、東京都中野区にある新渡戸文化小学校、5年生の教室。
HARIOと小学生が取り組む特別授業プロジェクトも、今回で4回目を迎えました。
講師を務めたのは、小学校イベントではおなじみの、HARIO社員・中村さん。
今回は、「自分らしく科」という教科で行う特別授業です。
この科では、対話や異文化との出会い、探究や振り返りなどを通して、子どもたちが自身の価値観と向き合い、「好き」を見つけることで自分らしさを育むことを目指しているとのこと。
HARIOの中村さんは、自身の「好き」に向き合い続けてきた経験をもとに、子どもたちがそれぞれの“好き”を考えるきっかけを届けてくれました。
今回も私たちコーヒーステーション編集部が、その教室に密着取材した様子をお届けします!
「好き」ってなんだろう?
「僕が小学校5年生のとき、何が好きだったかなって思い出してみました」
冒頭で語られたのは、中村さんの子ども時代の“好き”。ゲーム、料理、絵を描くこと──でも今は「コーヒーの道具」が何より“好き”だと話します。
そこから、HARIOのこと、コーヒーのこと、道具の種類などについても紹介され、子どもたちは「“好き”って、こんなふうに広がっていくんだ」と、わくわくした表情で聞き入っていました。

香りと笑顔であふれた教室──はじめてのドリップ体験
説明のあとは、さっそくドリップコーヒー体験へ。中村さんが丁寧に説明する手順に従って、子どもたちは自分たちの手で豆を挽き、お湯を注ぎ、コーヒーを抽出していきます。
「思ってたより簡単!」 「香りがいい!」「苦い…!」
そんな声があちこちで上がり、教室中にやさしい笑顔と香りが広がっていきました。
体験にはカフェインレスの豆を使用。そして印象的だったのは、体験を通して子どもたち同士の間に自然と会話が生まれ、クラスの空気がやわらかく、打ち解けたものに変わっていったことです。
私たち大人のあいだでは、コーヒーは「コミュニケーションのきっかけ」として親しまれています。
それが子どもたちのあいだでも、同じように自然に作用していたことに、嬉しい驚きと発見がありました。一杯のコーヒーが、言葉に頼らず、心と心をつなぐ。そんな力を、あらためて感じさせてくれる場面でした。

かたちの意味、材質の理由──「エアー」に込めた想いとは

次に登場したコーヒー器具は、中村さんが開発に携わった「V60ドリップケトル・エアー」。
一般的なドリップケトルはステンレス製が多い中、この器具はめずらしいプラスチック製。フォルムもどこかユニークです。
「自分が大好きな“コーヒーを淹れる時間”を、まだ知らない人にも届けたいんと思ったんです」
そう語る中村さんの声には、好きなものを伝えたいという、静かなワクワクがにじんでいました。
「ハンドドリップを始める人の気持ちで道具を考えたとき、“ドリップケトル”が最初のハードルなんじゃないかって思いました。大きくて、重くて、しかも高価。だったら、小さくて、軽くて、手に取りやすい価格のものを作ろう、と思ったんです。」
そこから生まれたのが、「V60ドリップケトル・エアー」。コーヒーを淹れる時間を楽しんでもらうために、何を残し、何を変えるか。その考えのもとに込められた、形や素材ひとつひとつの理由を、中村さんは丁寧に説明してくれました。
そして、子どもたちが最初に使った金属製のケトルから、この「エアー」に持ち替えて、もう一度コーヒーを淹れてみると――
「めっちゃ軽い!」
「見た目よりも注ぎやすい!」
どんな道具にも、そのかたちや素材には理由があり、作り手の想いが込められている。その背景を知ることで、いつもの道具も、少し違って見えてくる。
“誰かを思うこと”そんな製品の裏側にあるメッセージに、子どもたちは自然と心を動かされていました。

「好き」って、宝石みたいなものかもしれない
ドリップ体験が終わったあと、中村さんは自分の「好き」について話し始めました。
「小さい頃から、学生時代、社会人になってからまで……自分が”好きだったもの”をぜんぶ書き出してみました」
そう言って中村さんは、これまでの「好き」をひとつひとつ並べたリストをスクリーンに映しました。

そこに並んでいたのは、絵を描くこと、料理、剣道、音楽、そしてコーヒー道具……。
そのときどきの年齢や環境によって、「好き」は何度も変わってきたことがわかります。けれど、それぞれの好きなものが、気付かないうちにどこかで繋がっていて――いま自分が夢中になっている「コーヒー」や「コーヒー道具」にも、振り返るとちゃんと繋がっていたと中村さんは話します。
「このリストを”いいな~”と思いながら眺めていたら、ふと気づいたんです。“好きなものって宝石みたいだ”って」
自分がかつて夢中になっていたものたちは、今も、ひとつひとつがキラキラと光って見えました。色もかたちもバラバラだけど、全部自分の中に残り続けていて――そんな宝石を少しずつ集めていくことが、自分らしさにつながっていくのかもしれない。
そう話したあと、中村さんはその時のことを思い返すように、言葉を続けました。
「4年前、息子が生まれました。初めて彼に会ったとき、眩しいくらいピカピカに光って見えたんです」
それはきっと、“人は誰でも、生まれたときから何かを照らす力を持っている”ということ。
「誰もがライトを持っていて、きっとその光で“自分だけの宝石”を見つけていくんだと思います」
「僕も、これからどんな宝石と出会えるのか楽しみにしています!……みんなはどう思う?」
中村さんの言葉を受けて、子どもたちはそれぞれの「好き」を静かに思いめぐらせていました。

対話で見えてきた、“好き”のその先
ふり返りの時間。
円になって座った子どもたちは、今日の体験を思い出しながら、それぞれの言葉で「感じたこと」「気づいたこと」を語り合いました。
「好きなことは変わってもいいってわかった」
「コーヒーが自分の“好き”になった!」
「宝石って、自分にもあるのかな?って考えてみた」
それぞれの感じたことのつぶやきが、そのまま“自分らしさ”への入り口になっているように感じます。
子どもたちから「コーヒーのどんなところが好きなんですか?」と尋ねられた中村さんは、こう答えました。
「コーヒーって、素敵な出会いを繋いでくれるんです。想像もしなかった巡り合わせで、好きな人が少しずつ増えていく――そんなところが、コーヒーの好きなところかな」“好き”という感情は、自分の中にとどまらず、人との出会いや関係を生み出していく。
それはやがて、社会とのつながりにまで広がっていく可能性を持った、まさに「宝石」のような力。
この時間は、そんな“好き”の広がりを、対話を通じて確かめ合うような、静かであたたかなひとときになっていました。

おわりに──コーヒーから始まる、自分らしさの冒険
コーヒーの香りに包まれながら、道具を囲んで過ごした特別な時間。
そのひとときが、子どもたちを「好きってなんだろう?」という問いへと、やさしく、自然に導いていきました。
HARIOがこの授業で届けたのは、製品や技術だけではありません。
「誰かの暮らしを思うこと」から生まれる“道具の力”
そして、“好き”という気持ちを出発点に、自分の想いをかたちにしていくことの尊さです。
“好き”はただの感情ではなく、自分らしさを育み、未来を動かす力なのかもしれない——
そんなメッセージが、静かに、でも確かに、教室に広がっていきました。
私たちコーヒーステーション編集部も、そんな“好きのはじまり”の現場に立ち会えたことを、心から嬉しく思います。
第一回の記事はこちら
第二回の記事はこちら
第三回の記事はこちら