コーヒー豆の「定期便」、いわゆるサブスクリプションサービスを手掛け独自の存在感を放っている「Post Coffee」。システム開発やマーケティングは、CEOの下村 領(しもむらりょう)さん自らが手掛け小さな改善を繰り返し今や業界で独走を続けている。新しいサービスの発想の源とは? そしてこの先に見つめるものとは?
業界随一、世界約15ヵ国、36種類の高品質のコーヒー豆を扱う。組み合わせは驚異の15万通り
コロナ禍によって家で過ごす時間が増え、急激に増加したサブスクリプションサービス。決まった料金を支払い、製品やサービスと定期購入するビジネスモデルは雑誌や動画・音楽の配信をはじめ、洋服や車、花、食品、そしてコーヒー豆においてまで浸透してきた。
コーヒーのサブスクリプションサービスを提供する販売店のなかでも輝かしい存在感を放っているのが「Post Coffee(ポストコーヒー)」である。
「Post Coffee」から届くコーヒーBOXはポップなデザインも魅力。占いのような「コーヒー診断」によって導き出された、自分好みのコーヒー豆3種がセットで届く。
「Post Coffee」では自社で厳選したコーヒー豆をお客一人一人の趣向に合うようにカスタマイズし、最短で注文した翌日には届ける。他社から一歩も二歩も抜きんでている理由は、週単位でどんどん変わる世界約15ヵ国、36種類という業界随一の種類の豆を扱い、月額1598円(税込)という手軽さで利用できる点。そして、無料の「コーヒー診断」によるカスタマイズ能力の高さ。簡単な質問に答えていくと、豆の種類だけでなく焙煎の深さや淹れ方など趣向にあったコーヒー豆にたどりつくことができる。その組み合わせはなんと15万通り。そこから導き出されたコーヒーBOXが届くとなれば、それは期待が高まるというものだ。
豆の種類のみならず、焙煎度合いや挽き方も注文主ごとに異なる。システムは盤石ながらも、梱包は人力に頼るところも大きい。
システムエンジニアからカフェ店主へ。きっかけはどうしても買いたかった高級エスプレッソマシーンだった
2018年に「Post Coffee」を設立したCEOの下村領さん。もともとはシステム開発を手掛けるクリエイティブ制作会社を16年経営し、デザイナー兼エンジニアとして活躍していた。ところがある日突然に、渋谷でコーヒー店を開くことになる。 「僕は缶コーヒーばかりを飲む“自称コーヒー好き”でした。ところが、サードウェーブ系のコーヒー屋に行ってみると、いつも飲んでいたコーヒーとのあまりの違いに衝撃を受けてしまった。そこから自分もおいしいコーヒー屋をやりたいと思い始めました。コーヒーの知識を収集しようとたまたまネットサーフィンをしていたときに、めちゃくちゃかっこいいエスプレッソマシーンを見つけてしまって。欲しい!と(笑)。かなり値段も張るものだったのでただ買うだけではもったいない。ならば、いよいよコーヒー店を開こうと動き始めました」
「Post Coffee」CEOの下村領さん。システムエンジニア兼デザイナーの経験を生かし、同社のシステムづくりやマーケティングも自身で行っている。
下村さんは2013年に代々木八幡「MAKERS COFFEE」を開き、3年にわたりバリスタとしても店に立った。客席約25席の店で感じたのは、もっと多くの人においしいコーヒーを知ってもらいたい、というジレンマだった。
「毎日店に立っていて感じたのは、ほとんどの人が美味しいコーヒーを知らないということでした。おいしいコーヒーを日本中に広めたい。そう思っても、町の小さなコーヒー店から全国に美味しいコーヒーを広めるのは難しいものです。だったらインターネットを介して商圏にとらわれずに販売すればよいのではないか。システムエンジニアのノウハウや経験をフルに生かして何かできないか――それが今の『Post Coffee』の原点になっています」
コーヒー店を開くきっかけにもなった「キース・ファン・デル・ウエステン」のエスプレッソマシーン。今は「Post Coffee」の社内機として活躍。「日本で置いているのはここだけかも?」という希少品だ。
おいしいコーヒーと出逢う入り口を広げる。「売りたいのは豆そのものではなく、コーヒー豆がある生活です」
起業を思い立った下村さんはすぐに会社を設立し、システムづくりに取り掛かった。2019年にはテスト版をリリース。焙煎士も社員に迎えた。当時はまだ「サブスク」というワード自体が浸透しておらず、「コーヒーの定期便」と打ち出すことに。知り合いに使ってもらいながら、フィードバックをもとに1年にわたってひたすらシステムの改善を続けた。 「ある程度までいってユーザー数が伸び悩みました。コーヒーのヘビーユーザーには刺さるのですが、インスタントコーヒーを飲んでいる層にはまったく刺さらなかったのです。ユーザーインタビューを重ねて、マーケットが本当に持っている課題とはなんなのか、と、さらに半年ほどひたすら考えました」
下村さんはリサーチと熟考を重ねて、真の課題にたどり着く。それは「そもそもインターネット販売をしている側も買う側も、マーケット自体がおいしいコーヒーを知らない」ということだった。
「『Post Coffee』を立ち上げたときの課題、そのままだったのです。スペシャルティコーヒーの定義や難しいことを語るより、おいしいコーヒーに出逢える入り口を広げてあげる必要がある、と行き着いたのです。そのフックとなるのが、いま僕らがやっている『コーヒー診断』です。コーヒーに関することを質問するのではなく、トーストに何を合わせるのが好きか、といった直観的なことを聞いて好みの豆にたどり着くようにしています。エンタメ的なコンテンツを間に挟んで、コーヒーに一歩ずつ近寄ってもらうものです」
コーヒーBOXを開くと、手書きの一言メッセージが。思わずSNSにアップしたくなるような“映える”デザイン。
現在、サブスクリプションサービスを提供しているコーヒー店が増えているが、下村さんは顧客層に大きな違いがあるという。「Post Coffee」の新規ユーザーの約半分がインスタントコーヒーを飲んでいた層だという。その点でも入り口の広さと入りやすさが察せられる。
課題を実現できている強みはどこにあるのだろうか?
「ただの定期便ではないところだと思っています。他社は毎月同じ種類の豆だったり、オーナーのお薦めが届く、というケースが多いと思いますが、弊社で提供しているのは、あくまでお客様の好みのもの。さらに、届いたコーヒーに対してマイページでフィードバックすると、さらに最適化されてどんどん好みに近づいていきます。週単位で豆のラインナップがどんどん変わるので、お客様にとっても世界中のコーヒーを飲み歩くような感覚、いろんなコーヒーに出逢える“コーヒージャーニー”をうまく提供できていると思います。そういった体験価値を大事にしていて、コーヒー豆を売る、というよりはコーヒー豆がある生活を売りたいと思っているんです」
チャーミングなオリジナルのマグカップも販売。おいしいコーヒー豆はもとより、「おしゃれなものを買う」という感覚で、手軽に“コーヒー豆がある生活”を取り入れるユーザーも多い。
この先目指すのは、世界中の豆が買えるコーヒー豆のプラットフォーム
15万通りという膨大な組み合わせは「Post Coffee」の特長である一方、苦労している点でもある。自動化できる限界があり梱包しかり人力に頼るところも大きい。
それでも日々の改善や工夫を自分の手で行えることはやはり大きな強みだろう。
「Post Coffee」の躍進はここにとどまらない。今後の展開を下村さんはこう話す。
「他社のロースターさんから豆を仕入れて、お客様へ販売する取り組みを2021年2月から始めました。さらに海外のロースターの豆も扱って“コーヒー版ZOZOTOWN”のようにしたいですね。自分がコーヒー屋をやっていたので、個人店の発送作業の大変さをわかっています。STORESやBASEなどオンラインで販売しているコーヒー屋さんが増えていますが、配送の手間は結構な負担になっていると思うのです。弊社をプラットフォームとして使ってもらい、ロジスティック周りや販売・マーケティングを請け負う。ロースターさんは豆だけを売れれば負担が少なくすみます。そういった仕組みをつくっていきたいと思っています。すでに国内10社の豆は買えるようになっていて、4月頃にはヨーロッパの5社が加わります。ユーザー数の増加に合わせて、どんどんロースターさんも追加していきたいですね」
「Post Coffee」の焙煎機は、トップロースターから支持を集めるアメリカ「LORING」社製。中南米をはじめ、世界のロースターとレシピをインターネットでつなぎ、そのレシピ通りに焙煎することもできる。
「Post Coffee」のユーザー数は非公開ながら、無料「コーヒー診断」の利用者は20万人を超えた。セレクトショップのようにロースターの豆を扱う「サブスク」も稀有だ。新しい取り組みに、まだまだ「PostCoffee」の独走が続きそうである。
▼会社データ
Post Coffee株式会社
東京都目黒区目黒4-11-7 須田ビル1F
03-5790-9991
毎週土曜、日曜の12時~17時は、店頭にて自分専用のコーヒーボックスをつくる体験型のリアル店舗「PostCoffee Offline Store (ポストコーヒー オフラインストア)」としても営業(予約制)。
URL:https://postcoffee.co/
▼クレジット
写真:Sonia Cao 文:沼 由美子