一杯の価値はどこへ行くのか。コスタリカの答え【SCAJ 2026レポート】

SCAJ2026 Café de Costa Rica

コーヒーを一杯飲む。

私たちが支払ったそのお金は、どこへ行くのだろう。

農園でコーヒーチェリーを育て、収穫する人。果肉を取り除き、乾燥させる人。輸出する人。海を越えて運ぶ人。焙煎し、一杯のコーヒーとして届ける人。

一杯の向こう側には、思っている以上に長い道のりがある。

そのなかで、最も原点に近い「生産者」に、十分な価値は戻っているのだろうか。

中米・コスタリカには、その問いに60年以上前から向き合ってきた仕組みがある。

2026年10月、東京で開催されたSCAJ2026。コスタリカで大規模農園を運営しコスタリカコーヒー協会(ICAFE)のマーケティング・広報をされているJorge David Ortiz Naranjoさん、そしてコスタリカ大使館商務部の加藤正ブランカさんに話を聞いた。

話を聞くうちに見えてきたのは、単に「良いコーヒーをつくる国」というだけではない。

良いコーヒーをつくり続けられる仕組みを国として築いてきた。

それが、コスタリカだった。

コーヒーの利益を生産者へ戻す

取材のなかで、とりわけ印象に残ったのが、生産者への利益還元の仕組みだ。

コスタリカでは1961年に制定された法律を基礎に、生産者、精製業者、輸出業者の関係と利益配分を管理する制度が整えられている。

コーヒーが販売されると、精製に必要な費用や法律上認められた利益などを精算したうえで、最終的な金額が生産者へ支払われる。

取材では、結果として売上のおよそ8割が生産者側へ還元されるという説明があった。

興味深いのは、「農家を支援する」という善意だけで成り立っている制度ではないことだ。

そこには、明確なルールがある。

輸出業者の利益にも上限が設けられ、コーヒー産業全体をICAFE(コスタリカコーヒー協会)が監督する。

市場に任せきるのではなく、生産者、精製業者、輸出業者がそれぞれ適正な利益を得られるようにする。

コーヒーという農産物を、国として持続可能な産業にするための仕組みだ。

Jorge David Ortiz Naranjoさんはこう話す。

「仲介する人が増えすぎて、生産者の収入が減ってしまわないような仕組みがあります。生産者を守り、コーヒー産業そのものを守っていく。それがコスタリカの特徴です」

コーヒーの価格を考えるとき、私たちはつい「高いか、安いか」で考えてしまう。

しかしコスタリカでは、それよりずっと前から、

そのお金が誰に、どのように戻るのか。

そこまでを含めて、コーヒーの価格として考えてきた。

生産者を守ることは、品質を守ることでもある

生産者の取り分が守られることは、生活を支えるだけではない。

翌年のコーヒーの品質にもつながる。

苗木を植える。畑を整える。収穫する人を雇う。精製設備を改善する。新しいプロセスに挑戦する。

コーヒーは一度収穫して終わる産業ではない。

次の年もその次の年も続いていく。

生産者の手元に利益が残れば、農園は再びコーヒーに投資できる。その積み重ねが次の品質へとつながっていく。

コスタリカには、小規模生産者が独自の精製所を持つ「マイクロミル」の文化がある。

自分たちで収穫したチェリーを自分たちで精製し、自分たちらしいロットに仕上げる。

ハニー、ナチュラル、ウォッシュド。

同じ土地、同じ品種であっても、プロセスによってカップの表情は驚くほど変わる。

生産者が精製まで手掛けるということは、農業だけではなくコーヒーの「味づくり」にまで関わるということだ。

生産者の利益を守ることと、スペシャルティコーヒーの品質を高めること。

一見別々に見える二つは、実は同じ場所でつながっている。

「コスタリカのコーヒーらしさとは何ですか?」

そう尋ねると、Jorge David Ortiz Naranjoさんは標高の話をした。

標高が高くなるほど、豆はゆっくりと成熟する。その結果、酸の印象が明確なコーヒーが生まれやすいという。

カカオのような甘い香り。

オレンジを思わせる明るい果実感。

もちろん、それだけでコスタリカの味を語ることはできない。

「どの地域なのか。どの標高なのか。そして、どの品種なのか。それによって味は変わります」

コスタリカには、それぞれ異なる気候や標高を持つコーヒー産地がある。

そこに品種があり、さらに精製方法が加わる。

地域 × 品種 × プロセス。

コーヒー通にとって面白いのは、むしろ「コスタリカらしい味」を一つに決められないことなのかもしれない。

国名だけを見て味を想像するのではなく、その奥にある農園や標高、品種、プロセスを見る。 そうすると、一杯の解像度が少しずつ上がっていく。

SCAJ2026 Café de Costa Ricaブースで紹介されていたコスタリカ産の生豆

スペシャルティコーヒーの世界では、「Direct Trade」という言葉をよく目にする。

生産者から直接買う。

間に入る業者を減らす。

その方が生産者へ多くのお金が届く。

一見、分かりやすい。

マイクロミルが増えたコスタリカでも、自分たちで直接輸出したいと考える生産者は増えているという。

ところがJorge David Ortiz Naranjoさんの答えは、意外なほど冷静だった。

「ケース・バイ・ケースです」

直接輸出すれば、必ず生産者の利益が増えるわけではない。

少量のマイクロロットであれば、ロースターやインポーターとの直接取引が向いていることもある。

一方、大きな数量になれば、輸出業者を利用することで物流や品質管理、品質保証のメリットを受けられる。

話題を少し変えてみた。

「コスタリカの人たちは、家でどうやってコーヒーを飲みますか?」

粉は何グラム。

お湯は何度。

何秒で注ぐ。

スペシャルティコーヒーの世界では、そんなレシピを話すことが多い。

けれど、家庭ではもっと自由だという。

それぞれの家に、それぞれの淹れ方がある。

伝統的な器具として知られているのが「チョレアドール(chorreador)」だ。

木製のスタンドから布のフィルターを吊り下げ、その下にカップやポットを置く。

名前はスペイン語の「chorrear(滴る)」に由来する。

とてもシンプルな道具だ。

布の袋にコーヒーを入れ、湯を注ぎ、ゆっくりと滴り落ちるのを待つ。

一方、現在の家庭ではペーパーフィルターも広く使われているという。

理由は実に生活的だ。

布は洗わなければならない。

乾燥させなければならない。

保管にも気を使う。

ペーパーなら、淹れ終わったら捨てることができる。

毎日のコーヒーだからこそ、手軽な方法へと変わっていく。

どこか日本にも似ている。

日本にもネルドリップの文化がある。

喫茶店では今も大切に受け継がれている一方、家庭ではペーパードリップが広く普及した。

コスタリカと日本。

遠く離れた二つの国に、布でコーヒーを淹れる文化があり、そして日常のなかでは紙へと移っていった。

コーヒーの歴史は違っても、人の暮らしは案外似ている。

コスタリカの伝統的なコーヒー抽出器具バンドラVandola
チョレアドールchorreador

私たちは店頭で二つのコーヒーを見比べる。

こちらは500円。

こちらは1,500円。

そして考える。

なぜ、こちらの方が1,000円高いのだろう。

品種なのか。

標高なのか。

精製方法なのか。

希少性なのか。

もちろん、それらも価格をつくる。

でも、その価格の奥にはもう一つある。

来年も、その農園でコーヒーをつくれるかどうか。

生産者が苗木を植えられること。

働く人に賃金を払えること。

精製設備を整えられること。

新しいプロセスに挑戦できること。

私たちが払うコーヒーの価格には、そうした「次の収穫」へつなげるための費用も含まれている。

良いコーヒーを今年飲むためだけではない。

良いコーヒーを来年も、その先も飲めるようにするためのお金でもある。

コスタリカが60年以上かけてつくってきたのは、生産者を保護する制度だけではない。

良いコーヒーを、良いコーヒーのまま未来へつなぐ仕組みだったのかもしれない。

次にコスタリカの豆をペーパードリップするとき。

カップの中に感じるオレンジのような酸や、カカオのような甘さの向こうに、農園で働く人たちの姿を少しだけ想像してみたい。

一杯のコーヒーの価値は、味だけでは決まらない。

その価値が、きちんと産地へ戻っていくこと。

それもまた、私たちが「良いコーヒー」と呼 ぶための、大切な条件なのだと思う。

左 コスタリカ大使館商務部 PROCOMER 加藤正ブランカさん
右 コスタリカコーヒー協会ICAFEマーケティング広報部 副部長 Jorge David Ortiz Naranjoさん
投稿者アバター
SHIBATA|コーヒーステーション編集長

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